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6月2日(土)、結婚式を挙げました。
軽井沢のホテルのガーデンを使って、家族と数人の友人だけを集めた、 本当にこぢんまりとした式でした。 それなのに準備はなんだか大変で、 結婚式は本当に義務だなあなんて思ったときもありました。 でも。 当日は、いい天気でした。 僕は、白いタキシードを着てしまいました。 式の後にパーティーという形式ではなく、 パーティーをやってから、 みんなをつれて夜の教会へ行き、式を挙げました。 ガーデンパーティーの間、各テーブルをまわっているときに、 ついついリラックスしちゃって、 友達の席に座って煙草を吸っちゃいました。 お色直しなんかないのに、僕が途中でトイレに行ってしまい、 結果、花嫁も中座してしまいました。 余興で友達が披露してくれた歌は、ひどくオンチでした。 式の後に、思いつきで行ったブーケトスでは、僕の友達の男が取ってしまいました。 そのあとの2次会では、両家の親も参加して、酔っぱらっていました。 なんだか、全部がずれていました。 そして。 なんだか、全部がたのしい時間でした。 みんなが笑ってくれていて、 ぼくはこっそり泣いてしまいそうになりました。 僕が左手に付けていた、2本のファッションリングは外しました。 代わりに、薬指に1本、新しいリングが入りました。 友達が作ってくれた細いリングは、 まだぴかぴかしていてくすぐったい感じです。
ところで。
屋久島に行っていたのは、特番のための取材でした。 屋久島という場所は、もう自然以外ほかに何もないところでした。 あるのは、海と山とその山をおおうスギの木だけといってもいいくらいです。 島の周囲をぐるっと走る道を車でまわりながら、 久しぶりの深呼吸をしました。 喘息の気がある僕は、深く息を吸い込むと咳き込んでしまうことがよくあります。 そうして、いつしか浅い呼吸を繰り返す毎日を過ごしていました。 でも。 圧倒的な森が生み出す淀みのない空気は、 肺の奥深くまで、少しもざらつくことなく染みこんでいきました。 指先まで、 爪の先まで新しい空気を取り入れて、 かわりに生暖かい、もやもやした何かを吐き出してきました。 森から生み出した文明と、代わりに失った森という命の源。 だったら、今度は僕らが木を植えることで、 新しい森を作っていこう。 そうして新しい命をまた育もう。 そんなことを伝えるために作った1時間の特別番組。 ぼくは、やっぱりラジオが好きなんだと再認識した、 そんな、なかなかの仕上がりでした。 どうも、僕の方こそ新しい命を授かったような気分です。
もうずいぶん、何も書いていませんでした。
この2ヶ月、いつものように忙しさに翻弄され、 今回はなかなか自分のペースを取り戻せずにいたのです。 きちんと自分のしてきたことを、書くことで確認していた僕は、 その自分のしていることの意味すらも、 認識できない状況にいるのかもしれません。 でも。 書くことができない僕の毎日は、 ふり返ると、何も残していない日々なのかもしれません。 これじゃいけない。 そう思いながらも、 毎日のカレンダーを塗りつぶすように過ごしていた僕は、 昨日までの3日間、屋久島へと取材に出かけていました。 見飽きるほどの自然以外、ほかに何もないあの島で、 僕は久しぶりに大きく息を吸い、 吐き出してきました。 そして、僕の36年間の独身生活は、今週をもっておしまいです。
僕は、計画だった行動をするというのが非常に苦手です。
子どものころだって、夏休みの計画を立てはするものの、 きちんと実行できた試しがありませんでした。 なぜだか計画を立てた当初は、そのあまりの出来の良さに、 この計画がきちんと遂行された証には、いったいどうなってしまうんだろう!! なんていう、都合の良い想像をして、 結局、計画で終わるというありがちな結末でした。 ましてや、1年の目標なんて、 あったとしても「仕事をがんばる」的な、 極めてぼんやりとしたものしか立てたことがありませんでした。 でも。 今年はちょっとやってみようかと思います。 といっても、僕ももう36歳。 自分のことを、なんとなくは分かります。 背伸びをせずに、割と現実的な目標にしようかと思います。 ただし、数は多めに、50個考えてみることにします。 他の人からすれば、ばかばかしいようなものまで、 ぜんぶ入れてしまおうと思います。 ところで。 先月は、とうとうこのブログを更新しませんでした。 ということでまずは、 このブログを必ず毎月更新することを、そのうちの1つにすることにします。 # by shun1-sh0725 | 2007-01-07 08:27
お世話になっていた人が亡くなりました。
その電話を受け取ったとき、 誰のことを言っているのかよく分かりませんでした。 映画やドラマでよく見る光景のように、 僕はその事実を受け入れるのに、しばらくの時間を必要としました。 つい数週間前、その人とは電話で話しました。 これからヨーロッパへと休暇へ出かけると、 空港からの電話でした。 「気をつけて行ってきてください」という僕に、 「君も仕事しすぎないようにな」なんて笑っていっていました。 60歳。 明日、告別式に行ってきます。 なくなってわずか5日。 人は生まれ出てくるときには、長い時間を必要とするのに、 旅立つのには、わずかこれだけの時間しか必要としないのですね。 その人からかつて届いたメールを見返しながら、 まだ混乱しています。
先日、
以前一緒に仕事をしていた、ずっと下町で暮らす男の人に連れられて、 浅草酉の市の一の酉に行ってきました。 深夜0時からスタートするこのお祭りに行くために、 夜9時くらいから集まって、かるーく飲んで、 頃合いを見計らって神社へと。 境内には、天井までぎっしりと大小さまざまな熊手が敷き詰められ、 なんだかわくわくする空間でした。 買い手が決まったお店の人に交じって、 いっしょに三三七拍子を打ち、 帰りに、臨時営業の屋台に寄って、 おでんを食べながら日本酒を飲み、 なんだか普段の生活からはずいぶん離れた時間を過ごしました。 # by shun1-sh0725 | 2006-11-19 07:18
先週の日曜日に、DESIGN TIDE in TOKYO 2006に行ってきました。
かつて一緒に仕事をしていた人からのインビテーションをきっかけに出かけたわけですが、 最終日ということもあって、メイン会場内は大混雑でした。 おまけに、そのほとんどは若いふつうの人たちで、 ああ、こういうのが東京なんだなあと感じてしまいました。 その後、東京国立博物館で行われていた、 光のイベント「光彩時空」にも足を伸ばしました。 明治時代からの古い建物と庭園が広がる中を彩る光のコントラストは、 とても美しかったのですが、 それ以上に、途中でふと見上げた空に浮かぶ大きな月の輝きが印象的でした。 ところで。 最近は、なんだか表参道によく出かけています。 というのも、ここにおいしい鹿児島料理のお店があるため。 わずか2週間で3度も出かけてしまいました。 この鹿児島料理のお店で、僕がもっとも惚れ込んでいるのが、 薩摩切り子のグラス。 江戸切り子のグラスは知っていたのですが、 薩摩切り子はもっと分厚い、ざっくりと男臭いグラスです。 このお店には3つしかないそうで、 あんまりピッチが速いと、グラスが追いつきませんよなんて言われてしまいました(笑)。
発見したことがあります。
それは自分の限界。 この10月から、さらに番組を2本増やし、 そのうちのひとつは平日の朝5時からの生放送だったりして、 もうこれまで以上に、毎日があっという間に過ぎていきます。 気をつけていないと、やらなければならないことをすっかり忘れていたりします。 飲みに行く時間が圧倒的に減りました。 友人と会う時間もすっかり減りました。 なのに、こういうときに限って、「久しぶりだな」なんて誘ってくれて、 でも、ごめん忙しいからなんて無粋な理由で断ったりして。 そうしているうちに、体重は5キロも減りました。 まあ、それはそれでよいことなのですが、 でも。 言われました。 最近ぴりぴりしてますね。 このところ、自分の部下の仕事のミスが目立ちました。 きちんとできるヤツだったのに、どうしてだろう・・・と考え、 ひとつのことに気付きました。 それは、原因は、僕だということ。 自分のキャパシティをオーバーする仕事を引き受け、 それが故、自分の周りで起きつつあることの芽に、 気付くことができなかったのだと思います。 そして。 どこかで、そんなミスを許せなくなっている自分が顔を見せ始めていました。 さて。 やっと気付きました。 こんなふうに仕事をしていても、ちっとも楽しくないのです。 だって、ブログに書きたいと思えることすら見つけられなくなっていましたし。 ということで、仕事を減らすことにします。 と、決意したら、なんだか楽になりました。 ああ、忙しさの中で、自分が忙しい気持ちになっていたんだなあと やっと気付くことができました。 おかげで、ブログにも、戻ってくることができました。
先日、夜中の2時半に友人からメールが入りました。
内容はというと、「振られた」というもの。 好きだと告げたものの、お兄さんのような存在だからという、 もはやクールに振る舞うしかない断られ方をされ、 カッコつけて別れたものの、かなり落ち込んだようです。 この友人は、そんなこと言うと実も蓋もないのですが、 以前から割とよく振られる方で、 今回も、まあいつものことだろうと思っていました。 そこで、「じゃあ飲むか。いつがいい?」と返信すると、 すぐさま「明日」と返事が。 あらあら、それは結構緊急事態なのだなと、 翌日に入っていた予定をずらすことにして、 さらには仲のよいもうひとりの友人にも時間を作ってもらい、 会うことにしました。 ところが。 お店に入って最初に注文したビールが、 テーブルにのせられた途端に、グラスごと彼のズボンに流れ落ち、 なるほど、ついていないときには、 こんなにもついてないことが重なるものなのかと、 僕は笑いをこらえ切れませんでした。 結局、実に4軒をはしごし、 全員が36歳のぼくたち3人は、 そもそも何が目的だったのかも分からないくらいに酔っぱらってしまいました。 でも。 悪くない時間でした。 ただし。 翌日は2度と飲まないと決意するほど後悔しましたが。
「DIALOG IN THE DARK」というイベントに行ってきました。
日常生活におけるさまざまなシチュエーションを、 視覚以外の感覚を使って体験するというものです。 混じりけのない、真の暗闇の中を杖を持ちながら歩くわけですが、 いつまでたっても目が慣れることのない暗闇を進むうち、 次第に自分に視覚があるのだという自覚が喪失します。 そうして自分の持つ、それ以外の感覚、 たとえば耳で聴く音からの感触や、 手で触れた感覚から来る情報を頼りに、 体験するさまざまな事柄を分析していくわけです。 およそ1時間の暗闇体験は、 8人のグループによる共同作業でした。 面白いことに、入場する前に顔つきや体つきといった、 見た目の雰囲気から勝手にイメージしていた人物像とは 明らかに異なるイメージをそれぞれに感じました。 そして僕たちを案内してくれるのは、 視覚障害を持つ方でした。 当たり前のことですが、視覚が閉ざされるという同じ環境に身を置くと、 結局は同じ人間なのだということを、恥ずかしながら再確認してしまいました。 ぼくたちは、いかに視覚情報からくる先入観で、 物事を判断しているのだろう・・・。 ぼくが、この「DIALOG IN THE DARK」で最も強く感じたのは、 そのことでした。 肌の色の違いで人を区別するということも、 結局はそういうことです。
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